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エピローグ




 眩しい太陽の光が、私のまぶたを通して降りそそいでいた。そうだ、私は道端で眠ってしまったんだ、と昨夜のことを思い出した。
 なんと恐ろしい出来事だっただろうか。イリーナも、アピアスも、傭兵たちも死んでしまった。そしてあの、正視に耐えがたい怪物はどうなってしまったのだろうか。私は身震いしながら、草むらからむっくりと起きあがった。
「おはよう。これからグロスタールのところに行って、後始末をつけよう」アレクセイが私のほうに振り向いてそう言った。
「グロスタールですか?」正直、私はもう彼のことについて考えたくなかった。結局、彼の行動が全ての不幸の引き金になったのだから。
「なにはともあれ私は仕事を果たしたんだ。報酬は受け取るべきだよ」
「仕事を請け負ったほとんどの者が死んでしまったことは、さぞかし彼にとって好都合だったことでしょうね。もとはといえば彼が余計なことをしてしまったから、こんなことが起こったんでしょう」
「まあね。だから、その分の落とし前もつけようと思う」
「どうやって?」
「これだ」
 そう言うと、彼は所々血糊のようなものがこびりついた、複雑なカットを施した巨大な青玉を私に見せた。それは、あの小匣についていたものだった。
「それをどうするんです?」
「それは後で説明しよう。とにかくまず街に行って、グロスタールにあってくるんだ」
 われわれは街の城門をくぐり、グロスタールの店の前に立った。
「おはようございます、グロスタール殿。報酬をいただきに参りました」もう日は高く上がっているというのに、アレクセイは商人に向かってそう言った。
「アレクセイ! 生きていたのか!」
 グロスタールは、われわれが生きていることに驚いているようだった。だが、それは商人にとって嬉しいというよりも迷惑なことであったらしい。
「小匣はどうなったのだ?」
「壊れましたよ、あなたが望んでいた通り。そして、私はこの生死をかけた仕事に対する正当な報酬が欲しいのですが……」
「わしは小匣が欲しいのであって、破壊を望んでいたわけではない。小匣が手に入らない以上契約は無効だ。金なぞ払えん」
 アレクセイは溜息をついた。
「では、仕方がありませんね。これをあげましょう」
 そう言うと、彼は商人に例の青玉を差し出した。
「これは小匣に嵌めこまれていたものです。これをあの怪物の手から救い出したのは私ですから、この半分の値の金額くらいは欲しいものです」
「しかし、これはわしのほうに所有する権利があるというものだ。ただで貰って当然ではないか」
「あなたがこれ以上私の親切心を踏みにじるおつもりでしたら、私はこれを他の店で転売します。それでは」
 アレクセイが宝石をさっとしまって店を出て行こうとするのを、グロスタールは必死で止めた。
「わかった。銀貨千枚払おう。だが一日待ってはくれないか。その間に金を用立てるから」
「一日ですか。しかし、われわれは先を急ぎますので、一日も待てません。ですからかわりに、この棚に置いてある魔法道具をすべてと、店の隣に繋がれている驢馬を一頭くださいませんか?」
 グロスタールは、なんとも珍妙なことを言うものだといった表情でアレクセイを見ていたが、やがて頷いた。
「そうしよう。では今から用意させるから、これ以上報酬を要求するなよ」
「ありがとうございます。ところで、ガンツ殿はいかがいたしましたか?」
「ガンツ? あいつなら死んだよ」グロスタールは吐き捨てるように言った。
 
 オストナブルクから少し離れた街道を、私たちは荷物を運ぶ驢馬を引きながら歩いていた。
「あのう、二つほど質問したいのですけれど」
「なんだい」
「あの宝石を渡すことで、いったいどのような落とし前をつけられたというのですか?」
「考えてもみたまえ。あの小匣は強力な、しかも黒魔術的な力を持つ品物だった。それに嵌めこまれていた石はどうなると思う? あれは持ち主に不幸をしかもたらさぬものだ。それに、悪霊や有害な存在もあれに引き寄せられてくるだろう。あの商人は運が良ければ生き残るかもしれないが、まあ……それは無理だろうな」
 アレクセイはぞっとするような声でそうつけくわえた。私は少し身震いをした。もしかして、彼もまた恐ろしい怪物の一種ではなかろうか。あの哀しいエレンよりもずっと。
「ところで、これからどうするんです。お金もないし、どうして一日待って普通に銀貨千枚受け取らなかったんですか?」
「グロスタールはわれわれを殺したがっている。あの町で待っていたら夜のうちに暗殺者に殺されるかもしれないな。ワシュテク家の暗部を見てしまった人間を、彼が許すと思うか?」
「そうでしょうか。そんなようには見えませんでしたが……」
「それに、私にはいい考えがある」
「なんですか?」
「私は魔術師ではなく、魔法道具の商人になろうかと思うんだ。魔術師は資格やら魔術学院やらでいろいろと制約があるらしいが、魔法道具の商人ならギルドもなければ資格もいらず、魔術も道具を利用するということで使える。上手い考えだとは思わないか?」
「あなたに商売が出来るとは思えません」私は彼の意見を一蹴した。
「それはやってみなければわからないな。まあ商品だけはたくさんあるんだ。気長にやっていけばいいさ」
 私はどうしたものかと途方にくれた。彼の気長に付き合っていたら、私はいったいどうなるというのだろうか。だが、彼についていくほか今の私に生きるすべはないのだ。そう考えると気分が重くなったが、まあ仕方のないことである。
「……とりあえず、冒険するのは私が死なない程度にお願いしますよ」
 アレクセイはもちろんじゃないかと言ったが、私はそれを無視した。どうせ、そういう男なのだ。私は辺りを見回した。
 空は青く、赤茶けた街道はどこまでも続いていた。その果てにあるのがどうか私の故郷であるようにと、私はここにはおられない神に祈った。
 神よ、私にはとりあえずあなたしか、信頼できる存在がいません。どうか見守っていてください。


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